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The Beatlesのロゴは誰が考えた?
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The Beatlesのロゴは誰が考えた?

でっかいBの文字とTの文字の縦の棒が下に長く伸びた世界的に有名なこのロゴ。

リンゴ・スターのバスドラムにバッチリ表記されているので、ファンでなくても見たことがあるという方は、多いのではないでしょうか?

世界的に有名な「The Beatles」のロゴ

何の装飾もない極めてシンプルながら、大変すばらしいデザインだと思います。

さて、ここで疑問が1つあります。

あのロゴをデザインしたのは一体誰なのでしょうか?

メンバーか、それともプロのアーティストか?

今回は、これについて研究してみたいと思います。

最初からあのロゴではなかった

あのロゴは、「ドロップーT」と呼ばれています。

文字通りTの文字の縦棒の末端が普通より下がっているところから付いた名前ですね。

イギリスで発売されたオリジナルのアルバムには、このロゴは使用されていませんでしたが、それでも比較的早い時期から使用されるようになりました。

そして、1963年からリンゴのバスドラムに表記されるようになり、それ以来公式のロゴとして使用されました。

1960年は何と紙に手書きして貼り付けてたんです!

1963年になってやっとあのお馴染みのロゴが登場しました。

1961年12月17日に写真家のアルバート・マリオンが撮影した時のロゴがこれです。

まだピート・ベストがメンバーだった頃ですね。

1962年8月に彼は解雇されましたが、これは恐らく「The Beatles」のロゴのドラムキットに座る彼の唯一の写真だと思われます。

バスドラムのスキンにエアブラシでペンキを吹き付けたもので「THE」の部分は装飾を施してありますが「BEATLES」の部分は何の変哲もありません。

文字も小さいし、おとなしすぎてインパクトに欠けますね。

いわゆる「バグ・ロゴ」の登場

ポール・マッカートニーは、バンド名を表す色々なデザインを考え紙に書き出していました。

Bの所は、カブトムシの触覚をイメージしたんでしょうね。

しかし、見ればわかる通り、まだほんの下書き程度で本格的なデザインではなく、ドロップーTには程遠い代物でした。

次に登場したのが「B」にカブトムシの角が生えたようなロゴです。

これは「バグ・ロゴ」(虫ロゴ)という名前で呼ばれています。

これは、先ほどのポールの下書きを元に、リヴァプールの職人のテックス・オハラが20.5 x 59.5cmの大きさの生地にロウを塗ったコットンの帯状の布にグワッシュという水彩絵具で手書きで書いたものです。

鉛筆書きの下書きをいくつか書き、最終的に同じデザインの黒色と茶色の2種類を作りましたが、ビートルズは、ロックバンドには黒色が相応しいと黒を選びました。

これは1963年2月17日の「Thank Your Lucky Stars」というテレビ番組に出演した時のものです。

これは、リンゴが初めて演奏した「The Beatles」と書かれたバスドラムです。

しかし、テレビに出演するというのにもう少し体裁良くできなかったんですかね?

いかにも手作り感満載なんですが……。

まあ、このデザインもそれなりに悪くはありませんが、手書きだけにチープな感じが否めません。

リンゴ、ドラムを買い替える

アイヴァー・アービターは、1929年にロンドン南部のバラムで生まれました。

彼は、パートタイム・ドラマーとして働いていましたが、1950年代後半にシャフツベリー ・ アベニュー沿いに「Drum City」という楽器店をオープンしました。

それは、ロンドンで最初のドラム専門店でした。

その店は、アメリカのアウトレットショップをモデルにし、ドラムの専門店としてジャズドラマーの間で広く知られるようになりました。

彼は、また、「Sound City」という名のギター店を開き、ビートルズは、1963年からそこで多くの機材を買いました。

実は、あの「ドロップーT」ロゴが誕生したのは1つの偶然だったんです。

1963年4月にリンゴとマネージャーのブライアン・エプスタインは、リンゴがそれまで使っていた「スターズ・プレミア・キット」と呼ばれていたドラムキットに代わる新しいドラムを探しに店にやってきました。

それまで使っていたキットがこれです。

1960年9月にハンブルクの巡業から帰国する際に購入したんです。

彼がビートルズの正式なメンバーになってからも、ライブやレコーディングの時にはこれを使用していました。

例えば「I Saw Her Standing There」などはこのドラムキットでレコーディングし、1963年5月12日までこれを使用していました。

アービターはこう語っています。

「ブライアン・エプスタインとかいうお客とドラマーが店に来てると店員から電話があったんだ。そのドラマーがリンゴだったんだが、名前ははっきり覚えていなかった。私は、その時ビートルズの名前すら知らなかったんだ。その当時のバンドは、みんなビッグになりたいと思ってたもんさ」

リンゴは、ラディックの新しいオイスター・ブラック・パールを一目見て気に入りました。

238ポンドでしたが、ブライアンは買おうとはしませんでした。

多分、高いと思ったんでしょうね。

しかし、アービターは、客を手ぶらで帰らせるわけにはいかないと考え、交渉の結果、何と彼は、リンゴの古いプレミア・キットと引き換えに新品のラディックを引き渡したのです!

ブライアンのたくみな交渉術もあったのでしょうが、それにしてもタダでくれてやったも同然の驚きの行動です。

だって、238ポンドですよ?!

当時の為替レートは1ポンド=1008円の固定レートでした。

それで計算すると239,904円。

今の貨幣価値に換算すると何と約120万円(!)です!

ただ、アービターは、ラディックの社名をバスドラムに表記するようブライアンに頼みました

というのも、彼はラディックと取引を始めたばかりなので、少しでもその社名を宣伝したかったのです。

ブライアンはそれを了承しましたが、同時に「The Beatles」と表記することも求めたのです。

しかも、ラディックのロゴよりもっと大きく描くように注文を付けました。

この辺りはさすが抜け目がありませんね。

だって、バンド名をアピールするのにあんな目立つ場所はありませんから。

ビートルズ以前にもバスドラムにバンド名を大きく表記したバンドはありましたが、ここまででっかく表記したバンドはなかったと思います。

結果的にアービターもくろみは大当たりしました。

ビートルズが世界中で大ブレイクし、そのおかげでラディックは一躍世界的なドラムメーカーになったからです。

「ドロップーT」ついに誕生!

ブライアンは、机の引き出しから紙切れを取り出し、アービターに手渡しました。

そこには2種類の雑に書いたロゴの下書きがありました。

彼の注文は、ただ「BEAT」の文字を強調してくれという至ってシンプルなものでした。

注文を受けたアービターは、急いで新たなロゴのデザインを紙切れにいくつか描きました。

彼は、その内の1つを取り上げ、ブライアンの注文通り、Bの字を拡大し、Tの縦棒を下に長く伸ばした文字で「beat」という言葉を強調しました

残りの文字は左右対称にして高さを同じに合わせました。

そう、これこそまさに後世に残る記念すべき「ドロップーT」ロゴだったのです!

そのデザイン料としてDrum Cityは5ポンドをもらい、地元の職人のエディ・ストークスがドラムの上に描きました。

それがこれです。

ブライアンは、細かい注文を付けたわけではなく、あくまでアービターの発想とストークスの腕前による産物でした。

リンゴもブライアンもその出来栄えに満足し、様々な変遷をへて来たビートルズのロゴも、これでやっと落ち着きました。

これ以降、このデザインは、マイナーチェンジを繰り返しこそすれ、大きく変更されることはありませんでした。

ライタープロフィール

和田晋司

ビートルズの熱狂的ファン

和田晋司

大阪府出身 ビートルズのファン歴ウン十年。

色んなものに手を出しましたが、唯一続いている趣味がこれです。

ビートルズの語り部として彼らの偉大さを後世に伝えていきたいと思っています。

ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログ

ウェブサイト:http://abbeyroad0310.hatenadiary.jp

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